Freedom Betrayed 裏切られた自由(上)の紹介(1)

 

    

裏切られた自由(上)裏切られた自由(下)

「裏切られた自由」上巻の紹介となります。

このブログで取り上げている以上、皆さんはハーバート・フーバー元合衆国大統領が、日本贔屓だったと思われるでしょうが、実はその逆です。

四七事変(日中戦争は戦後、占領軍から強制された呼び名で、本来は四七事変です。事変はincident ですから、戦争(war)ではありません。四七は当て字)から大東亜戦争への流れは、マッカーサー元帥もそう証言した通り、日本にとっては自衛ですが、フーバー大統領は侵略的戦争と呼んでいます。

四七事変は、蒋介石に率いられた国民党軍や共産主義者に使嗾された軍閥による日本居留民に対する虐殺・略奪が相次いだことが発端で、中でも有名なのは通州事件です。極め付きは国民党軍の精鋭が大挙して上海の日本租界を攻撃した第二次上海事変。ドイツからの技術支援で優秀な近代兵器を装備した国民党軍の精鋭が、同じくドイツの軍事顧問に指揮されて、上海の日本人租界を攻撃してきたのが、第二次上海事変です。女性や子供を含む民間人が住んでいた日本人租界を警備するのは、数において圧倒的に劣り、装備も貧弱な帝国海軍陸戦隊。数倍する国民党軍、しかもこれまでと異なり、ドイツ式に訓練され精強な部隊から攻撃された陸戦隊は、居留民を保護するために、本国に帝国陸軍の派遣を要請しました。陸軍が到着するまで持ちこたえた陸戦隊は一つのドラマであるのですが、到着した陸軍の上海派遣軍も精強な国民党軍を相手に、死傷者が続出して甚大な被害を蒙りました。それでも、同胞を救うために奮戦した上海派遣軍は何とかして日本人租界を救い出し、国民党軍の戦線を崩壊させることに成功します。その後は、国民党に停戦を強いるために追撃に移りました。これが四七事変へと発展しました。盧溝橋事件が四七事変の発端とされていますが、盧溝橋事件も、共産主義者の策謀によることが既に知られていますし、第二次上海事変はそもそも国民党軍が攻撃を仕掛けてきています。日本は自衛していたに過ぎません。

四七事変が侵略であれば、テロリストから攻撃されたためにアフガニスタンとイラクに侵攻したアメリカの行為は侵略に当たりますが、誰も侵略とは言いません。

大幅に脱線しましたが、つまり、フーバー元大統領のアジア情勢の理解は、プロパガンダに長けた蒋介石の言い分を鵜呑みにする程度でした。決して、日本贔屓ではなく、どちらかと言えば、アンチ日本の考え方です。ただ、今と異なり、情報が限られた当時の、米国におけるアジア情勢の理解は、多かれ少なかれ、フーバー元大統領程度だったと思われます。

 

フーバー元大統領が日本贔屓ではなく、どちらかというとアンチであったという点は、「裏切られた自由」を読む上で、非常に重要なポイントです。何故かと言うと、フーバー元大統領は、当時の合衆国大統領、フランクリン・D・ルーズベルトが第二次世界大戦を引き起こしたという事実を訴え、後世に残したいがために、超大作である「裏切られた自由」を執筆したからです。

当時のルーズベルト大統領は、第二次世界大戦が英仏とドイツの間で勃発するように、アメリカの資金力を背景として英仏に対して仕向け、英仏がドイツに対して戦端を開いた後は、米国が参戦するためにドイツと日本を挑発し続け、ついに日本をしてアメリカに戦端を開かせることに成功した。この歴史的事実を記述する為に、フーバー元大統領は「裏切られた自由」の上巻の4/7に相当するページを使っています。

何故、フーバー元大統領が、二十年以上という膨大な時間を使って「裏切られた自由」を執筆したのか?その一つの動機は、ルーズベルト大統領が、第二次世界大戦(WWII)が勃発するようにポーランドを使嗾し、英仏に圧力を掛け、かつ米国が参戦できるように日独を挑発し続けたという事実が、アメリカ国民に知らされていない為です。何故それをアメリカ国民が知る必要があるかと言うと、ルーズベルト大統領は、四選を果たした唯一の大統領ですが、慣例を破って三選を賭けた大統領選挙を戦った際に、当時ヨーロッパで戦端が開かれていたWWIIに「アメリカは参戦しない」と公約していたからです。この公約は選挙対策だけのもので、ルーズベルトが三選を勝ち取った直後に、あっさりと反故にされましたが、国民には明確には知らされませんでした。

加えて、ルーズベルト大統領は、様々な国際会議を開き、声明や宣言を発表し、戦後の世界の状況が悉くソ連に有利になるように活動しました。ドイツに対する戦争を焚きつけたフランスや英国にとって有利になるよりも、アメリカが標榜する「自由」の天敵である筈のソ連にとって戦後の世界が有利になるように。

フーバー元大統領にとっては、ルーズベルト大統領の公約違反とソ連への異常な肩入れは、WWIIで命を失ったアメリカの青年への裏切りと映っていたに違いありません。しかし、アメリカの歴史ではフランクリン・D・ルーズベルトは、大恐慌を終わらせ、WWIIでアメリカを勝利に導いた英雄として扱われています。現実はその正反対であったわけです。

ルーズベルト大統領を英雄視する歴史観は、釈明史観と呼ばれています。何故、釈明かと言うと、ルーズベルト大統領を英雄にしようとすると、様々な歴史的事実に対して、「釈明」しないといけないからです。釈明史観を支持する歴史家は Apologist と呼ばれていますが、アメリカの主流であり、アメリカの歴史教育も釈明史観に基づいています。対する、フーバー元大統領の立場の歴史観は修正史観と呼ばれ、歴史家はRevisionist と呼ばれます。Revisionistはキリスト教的にはあまり良い意味ではないそうですが、歴史観としては正当な歴史解釈と考えても良いと思います。

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