Freedom Betrayed 裏切られた自由(上)の紹介(2)

 

    

裏切られた自由(上)裏切られた自由(下)

何故、WWIIを勃発するように仕向けたと、フランクリン・D・ルーズベルトを非難できるのか?同様の非難は、当時の米共和党の重鎮であったハミルトン・フィッシュ上院議員からも発せられています。これを理解するには、当時の欧州情勢を理解する必要があります。

アドルフ・ヒットラーの率いるナチス・ドイツは当時、ベルサイユ条約で奪われたドイツ固有の領土を取り戻すために、様々な手段を用いて主に同国の東に位置する小国に対して、圧力を掛けていました。当時のドイツ国民にとっては、ヒットラーは失われたドイツの土地と利益を取り戻してくれる英雄でした。また、ヒットラーの施政下で、ドイツ国民の生活は第一次大戦後のどん底から這い上がり、それなりに向上していますので、悪評高いユダヤ人政策を除けば、WWII以前のヒットラーはそれなりに優秀な政治家であったと評することが出来ます。しかし、自由主義のアメリカから見た場合、ヒットラー率いるドイツは、自由主義とは相容れない全体主義国家でした。

当時のヨーロッパにはもう一つ、巨大な脅威がありました。ヨシフ・スターリン率いるソ連です。全体主義のドイツと共産主義のソ連はどちらも、アメリカの自由主義とは相容れない存在であり、またどちらも膨張主義的政策によりヨーロッパへの脅威となっていました。

また、全体主義のドイツと共産主義のソ連は、お互いに相容れないものとして認識されていました。つまり、ドイツとソ連はいずれ戦う事になると、ヨーロッパ諸国もアメリカも理解していました。ドイツとソ連に挟まれた小国にとっては大変な話ですが、ドイツの西側に位置したイギリスやフランスにとっては、ヒットラーとスターリンの戦争は、つまり悪魔と悪魔の戦いであり、お互いに潰しあって弱体化して貰いたい、という認識であったそうです。

 

フランクリン・D・ルーズベルトが、余分な干渉を開始する前の世界的な認識は、ドイツとソ連の戦争は不可避であるが、悪魔同士で勝手に潰しあって弱体化してくれ、というものでした。この認識は、今では融和主義者と揶揄されるチェンバレン首相も、フーバー元大統領も、当時のヨーロッパのその他の指導者にとっても、共通のものでした。

それがなぜ、ポーランドをめぐって、イギリスとフランスがドイツに対して宣戦布告したのか?悪魔同士で潰し合わせる戦略だったのが、なぜわざわざ片方の悪魔に対して宣戦を布告したのか?しかも、立憲君主制国家や自由主義国家にとっては疫病である共産主義国家に対して宣戦を布告したのではなく、比較的まだヨーロッパ諸国と共存を図れるだろうナチス・ドイツに対して、なぜ宣戦を布告したのか?当時のヨーロッパにおいて、ナチス・ドイツのような全体主義国家は、実は珍しくありませんでした。

勿論、ナチス・ドイツによる領土拡張が背景にありますが、このドイツの動きは、ベルサイユ条約の不平等な裁定に対して、歴史的にドイツ系住民が多い地域をドイツが取り戻しているという背景があった上に、実はイギリスは理解を示していました。周辺諸国に対するナチス・ドイツの領土拡張は、主に東に向いていました。イギリスの外交政策は、今も昔もヨーロッパを敢えて不安定な状況に維持して、自国に対する脅威を減らすというものでしたから、ナチス・ドイツが東に向かって拡張する限りは、表面上はドイツを非難するものの、イギリスにとってはどうでも良いというか、ドイツがソ連と対峙するなら、イギリスにとっての防衛上、むしろ好都合と考えていた訳です。

このイギリスの思惑をヒットラーは良く理解していましたので、イギリスには公然と配慮するような政策を取っていました。当時のイギリスとドイツは、同盟関係ではないですが、それほど悪い関係ではなかったわけです。

しかし、フランクリン・D・ルーズベルトはこの状況を、アメリカの圧倒的な国力を持ってひっくり返します。

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