Freedom Betrayed 裏切られた自由(上)の紹介(3)

 

    

裏切られた自由(上)裏切られた自由(下)

当時、ポーランドはドイツ系住民の多いダンツィヒ(現グダニスク)と、ドイツからダンツィヒに通じるダンツィヒ回廊を割譲するよう、ドイツから圧力を受けていました。ダンツィヒも、ベルサイユ条約により、歴史的な背景を考慮せずにポーランドに組み込まれた経緯があり、ドイツの要求は当時の国際社会から見ても、それほど荒唐無稽なものではありませんでした。同時に、ポーランドはソ連による東からの脅威を受けていました。そして、ポーランドは、ナチス・ドイツよりも共産主義ソ連に脅威を感じていました。

 ポーランドにとって理に叶った選択は、ドイツの要求を呑み、ダンツィヒを返還し、ダンツィヒ回廊はドイツとの共同管理とし、その代わりにドイツの軍事力を持ってソ連を牽制する、というものであったと、フーバー元大統領は書いています。しかし、不可解な事に、弱小国であるポーランドはドイツの要求を突っぱねます。これまで相当な無理をして領土拡張を続けてきたドイツは、それを見逃しているイギリスの手前、ポーランドに対してはあくまでも交渉でダンツィヒを取り返す方針を持っていたそうです。

しかし、英仏両国の歴史的な失策がさらに状況を狂わせます。イギリスとフランスは、ポーランドの独立に保証を与え、ドイツが侵攻した場合は、ドイツに宣戦を布告すると宣言してしまいます。これは、とんでもない外交的な愚策です。

ドイツとの戦争か平和共存かという、非常に重たい外交方針を、英仏両国は東欧の小国ポーランドの決断に委ねてしまいました。自国の若者が命を落とすかどうかの判断を、他国に委ねた訳です。何故、そんなことになったのか?

 

フランクリン・D・ルーズベルトは、米国の巨大な国力を背景に、ポーランドにはドイツの要求に絶対に屈しないように説得し、イギリスとフランスには、ドイツと戦争になれば必ずアメリカが参戦するからという保証を与えたと、フーバー元大統領は説明しています。同様の主張は、前出のハミルトン・フィッシュ上院議員の著作「ルーズベルトの開戦責任」により詳しいです。ルーズベルトに率先して協力したのは、ウィリアム・C・ブリット駐仏米大使と言われていますが、ルーズベルトのみでなく、彼の政権自体がWWIIを引き起こし、アメリカを参戦させたかったという事のようです。

 つまり、イギリスとフランスは、本来は不必要であった第二次世界大戦を引き起こすための段取りを、ルーズベルトに唆されて、整えてしまった訳です。その為に、英仏両国だけでなく、西ヨーロッパの多くの人々が命を失い、資産を失う事になりました。もし、ルーズベルトがヨーロッパに干渉しなければ、ドイツとソ連は戦ったかもしれませんが、西ヨーロッパは戦火を免れ、歴史は今とは相当違うものになっていた筈です。

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